「オープニング」
2005年1月10日、早朝。
中国・山東省にあるでは、いつもの月曜日と同じように、が行われていました。
厳しい寒さの中、校庭に集まる生徒たち。
式が終われば、朝のランニングが始まります。
誰もが、いつもと変わらない日常が始まると思っていました。
しかしこの朝、校門をくぐった一人の女子生徒が、校舎へ向かうわずかな道のりで、忽然と姿を消したのです。
それから約1ヶ月後。
彼女は、男子寮の3階にある「長年鍵がかけられていた廃トイレ」の中で、冷たくなった姿で発見されました。
警察はすぐさま、当時15歳だった二人の男子生徒を拘束。
一人は少女を襲った犯人、もう一人はそれを隠蔽した共犯者として、事件は「解決」したかに見えました。
しかし、それから14年という歳月が流れた2020年。
裁判所は過去の判決を取り消し、二人に「無罪」を言い渡します。
15歳で自由を奪われた少年は、30歳になっていました。
なぜ、無実の少年たちが冤罪に巻き込まれたのか?
そして、少女の命を奪った真犯人は、一体誰なのか?
今回は、14年後に覆された衝撃の冤罪劇、「事件」の全貌をたどります。
「1 わずか十数秒の神隠し」
被害者のプライバシーを守るため、ここでは彼女を「ユンさん」とお呼びします。
事件当日の朝6時13分ごろ。
体調を崩していたユンさんは、友人の自転車の後ろに乗って登校してきました。
月曜日の朝6時15分からは全校生徒による国旗掲揚式があり、その後は朝のランニングが予定されていました。
しかしユンさんは、担任からランニングの見学を許可されていたため、一人で校舎へと向かいます。
友人は自転車を止めるため、駐輪場へと向かいました。
ふたりが別れてから、わずか十数秒後。
友人がふと振り返ると……そこにユンさんの姿は、すでにありませんでした。
校門から校舎までは、ほんの目と鼻の先。
しかし、彼女が教室に現れることはありませんでした。
夜になっても帰宅しないユンさんを心配し、父親は学校へ駆けつけ、警察にも通報。
警察は男子寮のベッドの下まで徹底的に捜索しましたが、手がかりは一切見つかりませんでした。
彼女はまるで、一瞬の隙に空中に消え去ってしまったかのように見えたのです。
「2 鍵のかかった廃トイレ」
事件から約1ヶ月が経った、2005年2月11日。
旧暦のお正月で学校が冬休みに入っていた頃、寮の管理人が新学期の準備のために掃除をしていました。
男子寮の3階には、水道の故障により長期間使われておらず、南京錠で固く施錠された「廃トイレ」がありました。
ゴミを外に運び出そうと、管理人はその廃トイレの鍵を開けようとします。
しかし、学校から渡されていた鍵では、なぜか南京錠が開きません。
不審に思った管理人が工具で錠前を壊し、中へ入ると——
一番奥の個室から、人の脚が伸びていました。
見つかったのは、1ヶ月前から行方不明になっていたユンさんの遺体でした。
死因は首を絞められたことによる窒息死。衣服は乱されており、性的暴行を受けた形跡がありました。
現場は、南京錠で鍵がかけられた密室。
外部の人間が侵入して犯行に及ぶには、リスクが高すぎます。
警察は「学校内部の構造を熟知している人物」に標的を絞りました。
「3 3日で「解決」された事件」
遺体発見からわずか3日後。警察は高校1年生の男子生徒ふたりを拘束します。
主犯とされたのは、当時15歳の張志超(チョウ・シチョウ)。
そして共犯とされたのは、同じく15歳の王広超(オウ・コウチョウ)でした。
警察が作った筋書きは、こうです。
「当日の朝、張志超は女子生徒を小刀で脅して廃トイレに連れ込み、性的暴行を加えて殺害した。その後、友人の王広超に犯行を打ち明けて口止めし、売店で新しい南京錠を買ってトイレに鍵をかけた」
二人は取り調べで犯行を自白。事件はスピード解決したかに見えました。
しかし……この「警察の筋書き」には、あまりにも突っ込みどころが多すぎたのです。
「4 破綻した二つの証言と「消えた10分間」」
警察が最大の根拠としたのは、同じ寮に住む二人の生徒「生徒A」と「生徒B」の証言でした。
生徒Bは「事件の朝、トイレの前に張志超と王広超が立っているのを見た」と証言しました。
しかし、一緒にいた生徒Aの証言はまったく違っていたのです。
生徒Aは、「トイレの前にいた二人は、見たこともない知らない人物だった」と話しました。
実は、生徒Aは張志超と中学時代からの親友でした。もし本当に張志超がそこにいたのなら、Aが「知らない人物だった」と答えるはずがありません。
さらに生徒Aは、「その直後、2階に下りたところで張志超本人とすれ違い、挨拶を交わした」とまで供述していたのです。
つまり、二人の証言は補强し合うどころか、真っ向から矛盾していました。
さらに、時間的な矛盾もありました。
当日の朝6時15分、張志超が校庭で国旗掲揚式に参加していたことは、クラスメート全員が目撃しています。
式が終わったのは6時17分。
学級委員長だった彼は、みんなの上着を抱えて2階の教室へ運んでいました。
警察の主張では、事件が起きたのは6時20分から25分までの間。
つまり、張志超には「たった10分未満」の時間しかありません。
このわずかな時間の中で、彼は以下のすべてを行わなければならないことになります。
1、全員分の上着を2階の教室に置く
2、3階へ向かい、ユンさんを捕まえる
3、施錠されていたトイレを開けて連れ込み、暴行・殺害する
4、王広超に打ち明けて口止めする
5、敷地内の売店まで走り、新しい南京錠を買う
6、再び3階へ戻り、鍵をかける
……お分かりでしょうか。どう考えても、物理的に不可能なスケジュールです。
「5 捏造された自白と物証の不在」
さらに決定的なのは、「物証が何一つなかった」ということです。
現場の廃トイレからも、被害者の遺体からも、張志超の指紋、毛髪、DNAなどは一切検出されませんでした。
突発的な犯行で、狭い現場で格闘があったにもかかわらず、です。
ではなぜ、彼らは有罪になったのか?
答えは、「自白」させられたからです。
当時15歳だった張志超は、法定代理人である亲の立ち会いもないまま、最長9時間におよぶ取り調べを受けました。
暴力と脅迫の中で、警察から「こう言え」と誘導され、答えを推測しながら調書を作らされたのです。
張志超は一度、検察官の前で「やっていない」と自白を撤回しました。
しかしその直後、警察に戻されて激しい取調べを受け、「何を言っても無駄だ」と絶望し、反論する気力を完全に失ってしまったのです。
2006年。
張志超には「無期懲役」、王広超には「懲役3年(執行猶予3年)」の判決が下されました。
「6 諦めなかった母親」
無実の罪で刑務所へ送られた15歳の少年。
家族は「強姦殺人犯の家」として世間から冷ややかな目で見られ、父親は病に倒れ、祖父母も相次いで亡くなりました。
家庭が崩壊していく中、ただ一人、息子を信じ続けた人物がいました。
張志超の母親です。
母親は何度も刑務所へ面会に通い、「あの日、本当は何があったの?」と問い続けました。
張志超は家族をこれ以上苦しめたくない一心で黙り込んでいましたが、服役から6年が経った2011年、ついに涙ながらに打ち明けます。
「僕はお姉さんを殺していない。無実なんだ」
ここから、母親の孤独で壮絶な冤罪晴らしの戦いが始まりました。
何度裁判所に訴えを退けられても、遠く離れた刑務所まで列車で通い続け、弁護士を探し歩きました。
そして2014年、有志の弁護団が立ち上がり、証拠を再検証。
2017年には最高人民法院(最高裁判所)が再審を命じます。
2020年1月13日。
山東省高級人民法院は、原判決を取り消し、二人に完全な無罪を言い渡しました。
刑務所の外へ出たとき、張志超は30歳になっていました。
人生で一番輝かしい青春の14年間は、二度と戻ってきません。
「7 残された謎と、ふたつの正義」
二人の無罪が証明されたことで、この事件は再び「振り出し」に戻りました。
ユンさんはなぜ、男子寮の3階へ行ったのか?
なぜ犯人は、長年使われていなかった廃トイレの存在を知っていたのか?
そして、なぜ学校の鍵ではなく、別の南京錠がかけられていたのか?
犯人は学校の構造や生活リズムを完全に把握していた人物——つまり、当時の教職員や在校生の中にいた可能性が極めて高いと考えられています。
しかし、警察が早期に「偽の犯人」を作り上げて捜査を打ち切ってしまったため、真犯人を追うための貴重な時間は永遠に失われてしまいました。
この事件では、ふたつの正義が踏みにじられました。
ひとつは、冤罪によって青春を奪われた、張志超と王広超のための正義。
そしてもうひとつは、真犯人が捕まらないまま放置されている、被害者のユンさんとご遺族のための正義です。
南京錠が壊され、扉が開かれたあの廃トイレ。
その奥に潜む真犯人の影は、今もなお、暗闇の中に消えたままです。
「エンディング」
5歳の少年から14年という時間を奪った、冤罪事件。
皆さんは、この事件についてどう思われたでしょうか?
ぜひ、コメント欄でご意見をお聞かせください。
このチャンネルでは、世界中で起きた不可解な事件や冤罪劇を解説しています。
今回の動画が心に残った方は、ぜひ高評価とチャンネル登録をお願いいたします。
それでは、また次回の動画でお会いしましょう。