のに、の出港を知らせるが長く響く。
巨大ながをいく重い振動が、から全身に伝わってくる。
僕のチケットはに最も近い二等。東京までは十時間以上ので、到着は夜になる。このフェリーで東京に向かうのは、人生でだ。僕は、への階段に向かう。
「あいつにはがあるらしい」とか、「今でも警察に追われているらしい」とか、僕が学校でそんな噂をされるようになったのは、二年半前の東京でのがだった。噂をされること自体はけれど(実際、噂になるのはだったと思う)、僕はあの夏の東京での出来事を、島の誰にも話さなかった。ことはあるけれど、本当に大事なことは親にも友人にも警察にも話さなかった。あの夏の出来事をまるごとまま、僕はもう一度東京に行くのだ。
になった今、あの街に住むために。
もう一度あの人に会うために。
そのことを考えると、いつでものが。が。早く海風に、僕は階段を登る足を。
デッキテラスに出ると、冷たい風が雨とともに顔を打った。その全部を飲み込むようにして、僕は大きく息を吸い込む。風はまだ冷たいけれど、そこには春のが含まれている。ようやくをしたんだ──その実感が、のように今さらに胸に届く。僕はデッキのにを乗せ、島を眺め、空に。視界のまで、が舞っている。
そのとたん──、全身のが。
まただ。目を閉じる。僕の顔を雨が、にはが響き続ける。この二年半、雨はそこにあった。どんなに息を殺しても決して消せないのように。どんなに強くも完全な闇には出来ないのように。どんなに静めてもできない心のように。
ゆっくりと息を吐きながら、僕は目を開ける。
雨。
をするように黒い海面に、雨が吸い込まれていく。まるで空と海が、いたずらに海面をとしているかのようだ。僕は怖くなる。のからがくる。そうになる。になりそうになる。僕は手すりをぎゅっと摑む。鼻から深く息を吸う。そしていつものように、あの人のことを思い出す。彼女の大きなや、や、や、二つに長い髪を。そして、大丈夫だ、と思う。彼女がいる。東京で彼女が生きている。彼女がいるかぎり、僕はこの世界にいる。
「──だから、泣かないで、帆高」
と、あの夜、彼女は言った。逃げ込んだ池袋のホテル。天井を叩く雨の音が、遠いのようだった。同じシャンプーのと、なにもかもを許したような彼女の優しい声と、闇に光る彼女の。それらは鮮明で、僕は、今も自分があの場所にいるような気持ちに。本当の僕たちは今もあのホテルにいて、僕はたまたまののように、未来の自分がフェリーに乗っている姿を想像しただけなのではないか。昨日の卒業式もこのフェリーもぜんぶで、本当の僕は今もあのホテルのベッドの上なのではないか。そして朝起きると雨は止んでいて、彼女も僕の隣にいて、世界はいつもと同じ姿のまま、変わらぬ日常が再開するのではないか。
汽笛が鋭く鳴った。
違う、そうじゃない。僕は手すりの鉄の感触を確かめ、潮の匂いを確かめ、水平線に消えかかっている島影を確かめる。そうじゃない、今はあの夜ではない。あれはもうずっと前のことだ。フェリーに揺られているこの自分が、今の本当の僕だ。きちんと考えよう。最初から思い出そう。雨をにらみながら僕はそう思う。彼女に再会する前に、僕たちに起きたことを理解しておかなければ。いや、たとえ理解は出来なくても、せめて考え尽くさなければ。
僕たちになにが起きたのか。僕たちはなにを選んだのか。そして僕は、これから彼女にどういう言葉を届けるべきなのか。
すべてのきっかけは──そう、たぶんあの日だ。
彼女が最初にそれを目撃した日。彼女が語ってくれたあの日の出来事が、すべての始まりだったんだ。